超高精細画像のフォーカススタッキング(被写界深度合成)
フォーカススタッキングとは焦点面(ピント)の異なる写真を重ねて、ピントの合う範囲を広げる画像合成技術のことです。
写真のピントがあう範囲(深さ)を被写界深度と言います。被写界深度が浅いとピントが合う範囲が狭まり、被写体の前後がボケた写真表現となります。被写体をクローズアップして浮き出させたい場合には深度を浅くして撮影します。
一方、商品撮影などでは全体にピントが合っている必要がありますが、奥行きがある被写体の場合は全てにピントを合わせるのが困難です。
CRAPHTOで撮影することの多い染織品は形状がフラットですので、ピントの合う範囲が狭くても非常に撮影がしやすいのですが、陶器や彫刻などの立体物は被写界深度を深くとって撮影する必要があります。
被写界深度を深く取る方法はいくつか存在します。
・レンズの絞りを絞り込む
→レンズのF値が大きくなればなるほど、ピントの合う範囲が広くなります。絞り込むことで画質の向上も見込むことが可能ですが、絞りすぎると回折現象が発生して画質の劣化につながります。ピッチの狭いセンサーを積んだカメラの場合、絞り解放付近がベストというケースも見受けられます。
レンズを絞るのは、被写界深度を深く稼ぐ方法としては最も一般的に用いられる手法です。
・被写体から離れて撮影する
→被写体とカメラの距離が離れれば離れるほどピントが合う範囲が広くなります。スタジオ撮影では引ける距離に限界がありますし、離れれば離れるほど被写体が小さくなりディテールに迫りにくくなります。場合によっては被写体との間の空気の層が画質に影響を与えます。
・焦点距離の短いレンズを使う
→焦点距離が短ければ短いほどピントの合う範囲が広くなります。広角レンズをつかうことで、近景から遠景まですべてピントが合ったパンフォーカスが可能になります。広角レンズは広い範囲を写しこみますが、被写体が小さく写る分ディテールに迫ることが難しくなります。さらに広角レンズ特有の歪みが発生、遠近感が強調されて不自然な写真に仕上がることがあります。
・センサーサイズが小さいカメラを使う
→センサーサイズが小さければ小さいほどピントの合う範囲が広くなります。携帯電話のカメラ等、小さいセンサーのカメラのピントが合いやすいのはこのためです。一方、高画素で撮影する場合はセンサーサイズが小さくなればなるほど無理が生じて、画質が劣化します。
・大判カメラ(テクニカルカメラ)などでアオリを使う
→大判カメラでアオル(レンズを傾ける)ことで被写界深度の幅を広げることが可能になります。アオリ量を増やせば増やすほどピントの合う範囲が広くなりますが、画質の劣化も起こります。被写体の向きがレンズに対して正対気味の場合はアオリ効果は限定的になります。
以下番外編
・出力先の解像度に合わせて、合焦幅を甘めに許容する
→最終的に出力される媒体のサイズが小さければピントの山の判別がつかないことがあります。撮影時にピントが甘くても出力時に問題とならないなら、被写界深度が深くなったとも解釈できます。画素数が低いカメラを使うことでも同様の効果を得ることが可能になります。
・被写体の向き、位置を変える
→被写界深度が浅い、求められる個所にピントが合わない場合は被写体の向きや、位置を変えることで、ピントが合う範囲を広げることが可能です。構図を決める前に、求められるピント面がしっかりと合うかどうかを吟味してライティングを組むことが大切です。
上記のように被写体深度を深くとる(稼ぐ)手法は複数ありますが、これらを効果的に組み合わせることでベストな状況を作り出すのがカメラマンの腕の見せ所です。
しかし被写界深度を稼ごうと様々な工夫を凝らしても、画質とのトレードオフになるケースが多く、それを解決するのがフォーカススタッキング(被写界深度合成)という画期的手法です。
デジタルテクノロジーが実現するフォーカススタッキング
フォーカススタッキング(被写界深度合成)は異なるピントで、撮影された複数の写真を重ねて組み合わせる(スタック:積層する)ことで、1枚の写真に仕上げる手法です。
例えばこちらの5月の節句人形の写真、手前から奥までは1m以上の奥行きがあるにも関わらずすべてにピントがあっています。
レンズは100mm(35mm換算で67mm相当)の標準よりは少し長い焦点距離を使用しています。ロケ撮影のため十分な引き代を取ることができず、すべてにピントを合わせることが厳しい状況です。
そこで焦点距離の異なる写真を2枚分割撮影を行います。
1枚目の手前側から2段目の半分くらいまでにピントが合った状態(赤い部分)で撮影、2枚目は2段目から奥の屏風までにピントがあった状態(黄色の部分)で撮影しています。異なるピントの2枚の写真をフォトショップ(PS)で合成(スタッキング)することで、全面にピントのあった1枚の画像に仕上げることができました。
このフォーカススタッキングと呼ばれる合成技術は、まさにデジタル技術の賜物で、フィルム時代には考えられなかった技法です。
※実は同じ要領でポジを切り貼りする職人芸ともいえる技法もありました。
この技術がなければ大判カメラでアオリを使い、広角レンズで絞り込むという方法を取る必要があり、画質や自由度にかなり影響が出てしまいます。
フォーカススタッキングは先の写真のようなわかりやすい被写体だけでなく、立体形状のものでも有効です。
こちらの陶器も複数枚の写真を合成して1枚の絵で全てピントがあった状態に仕上げています。
手前のエッジから奥まですべてにピントを合わせるために、手前、中、奥の3回に分けて異なる焦点で撮影しています。PSでレイヤーの自動整列、自動合成をかけると、うまく全面にピントが来るようスタッキング処理をしてくれます。
自動合成を開始して数分で合成が完了、目視でおかしなところがないかチェックします。被写体が重なっていたり、シャドウとハイライト部分のキワの箇所は自動合成の苦手とするところで、手動で補正してやる必要があります。
合成ミスを減らしたり、コンピューターに負荷をかけない(時間をかけない)ためには、出来るだけ合成枚数を減らしたいたいもので、画質の劣化が顕著にならない程度に絞り込み被写界深度を深くとります。原理的には何枚でも深度合成は可能ですが、求められる解像度とのバランスを加味して、合成枚数を決定していきます。
10枚以上の写真を積層するフォーカススタッキングマクロ撮影
被写体に極限まで近づくマクロ撮影ともなると、ピントが合う範囲が極端に狭くなります。先ほどの五月人形や陶器は2、3枚のスタッキングで事足りましたが、被写界深度が浅くなることで10枚以上に及ぶこともあります。
わかりやすい例で試してみました。
こちらの斜め45度上から撮影した1ドル札の高精細画像、全てピントが合っているように見えます。実は30枚近いフォーカスブラケティング撮影、PSで被写界深度合成を行い作成されています。
カメラのセンサーサイズが大きいと被写界深度が浅くなり、さらに被写体との距離が近くなればなるほど浅くなるので撮影条件は厳しくなります。
今回はレンズの絞りをf11で撮影、すると肖像のワシントンの目を見るとわかりますが、ほんの数ミリにしかピントが合いません。全てピントを合わせるには少しずつずらして30枚を撮影、合成して1枚を組み立てる必要があるのです。
実はレンズ自体はf45まで絞ることができ、その場合は1ドル札のほとんどに焦点が合います。しかし絞りすぎることで起こる回折現象が発生してしまい、ディテールが大きく損なわれてしまいます。大きな解像度が必要ない場合はレンズを絞った方が効率的ですし、アオリ撮影を行って被写界深度を稼ぐのが一般的な解決方法です。
困難な昆虫の超高精細マクロ撮影
先の1ドル札のような平面物は平たくスキャンしていくように被写界深度撮影合成を行いますので、コンピューターも楽に合成処理を行ってくれます。しかしこれが複雑な立体物だと話が少々変わってきます。
立体物で奥行きがある被写体の場合はコンピューターに処理が完璧でない場合があります。特に被写体が複雑に上下で交差する場合など、重なるキワの部分に目立ちはしませんが処理の不自然さが生じてしまいます。
例えば、こちらのカブトムシ写真は角の部分も含めてすべてピントがあっています。
カブトムシのツノを含めた高さは30mm程度ですが、16枚の写真を撮影してスタッキングしています。スタッキングに用いられる1枚あたりの幅は2mmに満たないものになります。
側面から見た写真がこちら。ツノの頂点から前足の爪まで被写界深度が16層に別れているイメージです。実際にはピントが合う範囲が重複し合っていますので、被写界深度(ピントが合う範囲)は2mm以上はあります。この境界をうまくコンピューターが自動で認識、全部にピントがあって見えるように合成処理してくれます。
この側面から撮影した写真もフォーカススタッキングによる合成処理がされていて、実に21枚もの写真が積層されて一枚の写真が完成されています。元になる1枚の写真が6回シャッターのマルチショット撮影ですから21×6回=126回のシャッターによって生成されていることになります。
Hasselblad H6D−400cMSが生み出す1枚の写真が4億画素ですから21枚の合成処理にかかるコンピューターへの負荷は凄まじいものがあります。フォトショップの合成機能を使う場合、処理能力の高いコンピューターでなければ作業が途中で止まってしまい、場合によっては生成までに数時間以上かかるケースもあります。さらに生成が不完全だったりした場合は手動による調整が必要になり、その場合は大きな手間が生じます。
Photoshop VS HeliconFocus
合成枚数が多くなったり、被写体の性格によりへリコンフォーカス(HF)という専用のソフトウェアを使うこともあります。HFはフォーカススタッキングに特化したソフトでウクライナのハリコフに拠点を置くへリコンソフト社が提供しています。
PSの合成機能より処理スピードに優れており、数十枚に及ぶスタッキングの際はHFを使用いたします。ソフトは日本語対応もしており、30日間お試し利用もできますのでぜひ試してみてください。
HFは専用ソフトだけあって合成後のレタッチのやりやすさや各種操作性が大変優れています。PSとシーンによって甲乙つけがたいところがありますが、処理に一枚上手な箇所が多くレタッチする必要が少なく済みます。
両者比較のため時計を撮影、20枚ほどを合成、レタッチなしで比較検証してみました。
PSは竜頭の部分にアラが目立つのに対し、HFは綺麗に合成ができています。また背景部分についても不自然さがなく綺麗な仕上がりです。
昨今のウクライナ情勢によってはヘリコンソフト社自体がどうなるかわかりませんが、今後も進化を続けてほしいものです。
ピントの異なる複数の写真を合成し、全面にピントが合った1枚の写真にすることができるフォーカススタッキングは夢のような技術です。最近はカメラ自体にフォーカスブラケット機能という、焦点を少しづつずらして複数枚撮影する機能も実装されています。さらにスマホアプリでも簡単に合成ができたりと、一昔前では考えられなかった環境になっています。
写真表現の可能性を大きく広げるフォーカススタッキング(FS)、今後のAIを含めたデジタル技術のさらなる進化に期待、CRAPHTOでは最新のFS技術を取り込み超高精細画像を生成しています。