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工芸品撮影録

2025/12/14

物撮りでこそ有効な電動雲台による超高精細撮影

カメラスタンドを利用して上下左右に分割撮影(タイリング)することで超高精細画像の作成ができることを以前説明いたしました。分割撮影は緻密な計算をした上で複数枚の画像を丁寧に取得していくため撮影に多くの手間を要します。この撮影の手間を予めプログラムされた電動パン、チルト制御を使うことで一気に簡略化できるシステムがあります。

CRAPHTOは静止画の撮影だけでなく動画撮影も行いますが、物撮りで多用しているのが電動スライダー、電動雲台です。一定の速度でカメラを移動してスムーズな視点移動が可能なため、近年では撮影になくてはならないアイテムです。撮影においてはリモート制御で様々なプログラムを組むことが可能で、スマホアプリ等から雲台の操作を行いシャッター操作も行うことができます。さらに電動雲台を利用することでパン、チルト制御を組み合わせた自動撮影を行い、得られた画像を合成して超高精細画像を取得することができます。

キヤノンR5+望遠レンズで撮影される屏風、自動分割撮影を独自の旋回台行うとしている

これはキヤノン社のメセナ事業である綴プロジェクトで使われている撮影方法の簡易版です。同プロジェクトは入力、出力装置も自社で手がけるキヤノンだからこそ実現可能なメセナ事業で、かれこれ15年以上継続しているものです。同社はキヤノン先進のカメラと専用に開発した制御システムを用いて微細な動きまで自動で制御しながら、文化財に対して多分割撮影を行います」と謳い、大手カメラメーカーだからこそ可能な特別な装置、技術、ソフトウエアを駆使して撮影が実現できているようです。

今回は市販の電動雲台さえあれば特別なことをせずとも簡単に「多分割自動撮影」ができるのか実証してみます。

用意した雲台はZeaponのPONS電動式パンヘッド PONS Motorized Pan Head(PS-E1)雲台です。この雲台はよくある通常のパノラマ電動雲台とは異なり、2個組み合わせることで、パン方向だけでなくチルト方向の制御も可能となります。一般的なパン雲台では振り角ごとの画像を組み合わせて横長のパノラマ撮影を可能にしますが、こちらはカメラのパンとチルトの同時制御により任意の上下左右方向にレンズを向けて縦横を分割撮影することができます。

撮影するだけなら従来のジンバル雲台でも可能でしたが、この雲台がすごいのがそれをアプリ経由の全自動で撮影を行なってしまうところです。

アプリにパラメータを打ち込むことで、24分割(縦4×横6)や144分割(縦12×横12)といった分割を行ってくれます。分割されたタイルに合わせて「のり代」まで自動で計算して撮影を行なってくれるのです。

メーカーHPのイメージ、仮に36分割撮影には数分必要となり合成に無理が生じてしまう。

メーカーは雄大な景色を大解像度で取得するシーンを想定しているのかもしれませんが、商品紹介イメージにあるような分割撮影中に被写体が動く(雲が流れる)ケースや、露出に変化が起きる(夕刻で光が短時間に変化する)ような現場では使い物になりません。露出を完全にコントロールできるスタジオで物撮りでこそ威力を発揮するのではないでしょうか。

メーカーがマトリクスパノラマ撮影(MPS:Matrix Panoramic Shooting)と呼称している撮影法を、被写体が動かない物撮り、露出を完全にコントロールできるスタジオ内で撮影してみます。

ソニーのフルサイズ機であるα7RVと中望遠レンズ(105mm)の組み合わせでMPSを行いました。SONYの高画素モデルのα7RV、元々が6000万画素(9504×6336Pixel)ありワンショットでも十分に高精細な画像を得ることができるモデルです。被写体は非常に細かな絣模様の綿の着物で、普通に撮影しただけでは細かな柄を確認することは困難です。

被写体は衣桁を含めると正方形に近いので3×3で9コマのMPSを行いました。アプリの撮影ボタンを押すとすぐに撮影が始まり、ものの数十秒で撮影は終了しました。得られた9枚の画像は周辺部にそれぞれ十分な「のり代」のある画像で、これをPhotoshopの自動整列、自動合成機能を使い1枚に仕上げます。自動整列時点では格分割されたタイルの背景の露出も微妙に異なるものでしたが、自動合成すると全て同じ露出に統一化されシームレスな継ぎ目は全くわかりませんでした。以前からこの機能は素晴らしいものでしたが昨今のAIの進化も相まってか更にブラッシュアップされ作業スピードも向上しています。

PSの自動整列で得られた画像、傾きや露出の微妙な差で不自然に見える。

MPSはカメラごと上下左右に動かして撮影するタイリングとは異なり、定点で首を振って撮影するため、中心から離れれば離れるほど周辺部はパースがついてしまいます。合成後の写真も当初は不自然な歪みが見られ、ましたがPSの遠近法ワープツールを使えば瞬時に端正な画像を作ることができます。合成で得られた画像を正方形の15000×15000ピクセルにトリミング、2億2500万画素もの大きな画像となりました。

一連の作業(分割撮影、画像の取り込み、自動整列、自動合成、各種編集)は20分程度と非常にスピーディなもので、慣れれば10分程度に短縮可能でしょう。一昔前は数時間以上要していた作業が、カメラの高画素化、撮影の電動化、ソフトウエアの進化で大幅に短縮化されました。

作業時間が短縮されたとしても、画質はどうでしょうか。その画像がこちら(高精細ビューワーで開きます)。

ワンショットではわからなかった絣模様をしっかりと確認することができます。画像を拡大してみても継ぎ目が分からず、詳細も破綻することがない非常に出来の良い画像です。レンズは一般的に周辺部の解像度が落ちますが、その周辺部を「のり代」として切り捨てることになりますので全体的な画質の向上につながります。今回はα7RVのマルチショット機能を使い撮影をして2億4千万画素の超高精細画像も取得して比較(先のビューワー内に画像UP)してみました。一部はマルチショット画像が良いものの、全体としてはやはりMPSの方が端正な画像と評価できました。

マルチショット画像の編集には専用のソフトウエアで処理が必要、短時間だがこの一手間が致命的

今回はスタジオサイズの都合や適した望遠レンズがなかったことからシンプルな9分割撮影(3×3)での撮影をまず試してみました。これ以上被写体に近づいて分割すると、振り角が大きくなってしまいパースがつきすぎたり、ピントの問題が難しいかと思ったからです。しかしあまりにも撮影、合成がうまくいったので25分割撮影(5×5)の撮影にもチャレンジしてみました。さらなる高画素化が望めますが、撮影、合成の難易度が大きく上がってしまいます。果たして成功するのでしょうか。

当初の半分ほどの距離まで近づいて撮影、どうみても被写体に近づきすぎな気がします。近づいて撮影することで振り角がかなりのものとなり、得られた画像は大きくパースがつくことになります。振り角が大きな画像は被写界深度が深いので、相当程度(f13)まで絞り込んでピントが合うように撮影を行いました。プログラムを走らせた電動雲台はテンポよく動き、縦5×横5の25コマはあっという間に撮影完了してしまいました。

25コマを並べたものがこちら、同心円上に撮影していますのでやはり樽型に画像が膨らんでしまっています。

これをPhotoshopで合成するわけですが、これだけのコマ数でも自動で合成を行ってくれます。元々の素材が高画素な上にコマ数が多く流石に合成処理に時間がかかりました。一昔前ならエラーが続発して合成の順序の勘所が必要でしたが、不自然なところを残さずに一発で合成が完了、このところのAIの進化には脱帽です。多少の歪みは台形補正機能がすぐに端正な画像にしてくれます。今回合成で作ることができたのは一辺2万ピクセルを超える約5億画素相当の超高精細画像、9コマ(3×3)の2倍以上の情報量になります。

最初得られた画像は大きくパースがつきすぎていましたが、最新の画像処理技術にかかれば分割撮影したとは思えない端正な1枚の絵を作ることができました。

以下から25枚合成写真を含めて比較閲覧することができます。

25枚を合成した5億画素の画像は隅々にわたって糸の一本一本まで解像しており、周辺部まで全く破綻のない超高精細画像は見る人を驚かせてくれます。

今回のようにパースが大きくつく場合でも合成時にはしっかりと自然な形で補正をしてくれることがわかりました。PSの合成機能も25枚程度ではびくともしないパフォーマンスを備えています。講堂ような広い場所で緞帳を撮影するなどのケースでは10×10などで撮影して100枚合成などを実現することができるでしょう。

特別な機材やソフトウエア、高度技術なしにここまでの画像が得られる時代になったことに驚きを隠さざるを得ません。被写体にじっくりと向かうことができる(時間的制約がない)場合、MPSはマルチショットを大きく凌ぐ効果を得ることができると認識させられました。

実はMPSとマルチショットの併用も試してみました。一枚ごとの解像度が4倍になればさらに高解像度の合成画像を得ることができます。しかし雲台の剛性が足りずブレが生じて使い物になりませんでした。この電動雲台のペイロードは2kg程度ですが、軽いマイクロフォーサーズ機+望遠レンズの組み合わせならマルチショットとMPSの夢のコラボレーションも不可能ではないでしょう。

以上、合成作業には一手間がかかるものの、撮影時間を大幅に削減することが可能な電動雲台によるMPS、非常にポテンシャルを秘めた撮影技法ですのでまた機会をみて実証していきたいと思います。

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